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現代ドイツ大学で行われる真剣での決闘「メンズーア」とは

500年以上の歴史を持つドイツの伝統「メンズーア」。これは、学生たちが真剣を使い、顔を無防備にして戦う通過儀礼で、現在もドイツの一部の大学で行われています。そんな現代社会における“決闘”の意味とは何でしょうか。この記事では、メンズーアの歴史と現状、その背景にあるドイツ文化を探ります。

メンズーアの歴史と起源

メンズーアは、ドイツ語で「計測」「計量」を意味し、英語で「Scale」や「Measure」にあたる言葉です。元々は「学生決闘(がくせいけっとう)」と呼ばれる行為で、19世紀にドイツの大学で盛んに行われ、学生同士が名誉をかけて真剣を振るう伝統的な儀式として知られています。

その起源は中世ヨーロッパまでさかのぼり、特に古代ゲルマンの「決闘裁判」から影響を受けています。この裁判は「神は正しい者を助ける」という信念に基づき、剣による決闘で勝った者が正義とされるものでした。この思想は、騎士道精神や学生の「名誉」を重んじる文化とともに、メンズーアに受け継がれていきました。最初は学生同士の喧嘩がエスカレートして行われた決闘でしたが、17世紀に入ると、決闘の日時と場所を事前に決め、医師や審判を立ち合わせるなど、安全対策が取られるようになり、徐々に制度化されていきます。

18世紀には、真剣による突き攻撃が内臓への危険を伴うため、斬り合うスタイルに改められました。19世紀に入ると、名誉と勇気の証として学生団体の間でメンズーアが広まり、多い者では在学中に数十回参加するほどでした。第二次世界大戦時には禁止されましたが、1950年代に復活し、現在も一部の大学で合法的に行われています。

メンズーアのルールと決闘の形式

メンズーアの決闘は厳格なルールに従って行われます。参加者は、刃渡り88センチの真剣を手にし、顔を無防備な状態で戦います。目と首から下は防具で覆われますが、顔はむき出しです。相手への攻撃は顔と頭のみが許されており、1センチでも動いたり、0.5秒以上静止したりすれば即失格とされます。まさに、どんな瞬間も集中力と勇気が試される場です。

試合は1ラウンド6秒、全25ラウンド制で行われます。観客も数百人に上ることがあり、特に秘密結社に入会する際の儀式として、観衆の目の前で行われることが多いと言われています。試合中に流血があっても、軽い傷であれば試合は続行され、傷を縫う際にも麻酔は使わないのが伝統です。これは「勇気を試す」というメンズーアの価値観からくるもので、顔に残る傷は栄誉とされるからです。

第二次世界大戦時に野蛮とされ禁止されたものの、1950年代に連邦最高裁判所がメンズーアを合法と認め、ドイツの学生たちの間で再びこの伝統が受け入れられました。医師の立ち会いや、安全を確保するための準備が徹底されていることも、この文化が続く理由の一つです。

メンズーアの背景にあるドイツ文化

ドイツでは「デュエル(決闘)」という言葉がサッカー用語にもなるほど、“勝負”の文化が深く根付いています。特に名誉や勇気、仲間意識を重んじる姿勢が、メンズーアにも反映されています。ドイツの秘密結社の中で、メンズーアは入会の通過儀礼としても行われており、主に会員同士の勧誘によって新入生が参加します。この儀式を乗り越えることで、初めて正規の会員として認められるのです。

メンズーアのルーツである「決闘裁判」は、古代から「神が正しい者を助ける」として名誉や正義を証明する場とされてきました。学生のメンズーアもその精神を引き継ぎ、「勇気」と「名誉」を試す機会として続けられています。決闘でつけた顔の傷跡は、彼らにとって一生の誇りです。この文化的背景から、メンズーアは一般的なスポーツではなく、「教育的儀式」として見なされています。

また、サッカーで「デュエル」が重視される背景にも、こうしたドイツ独自の決闘文化が根付いていると言えるでしょう。恐れずに戦い、相手に立ち向かう姿勢が、スポーツや学生生活にまで影響を与えているのです。

現代のメンズーアとその意義

現在もドイツの大学で続けられるメンズーアは、単なる暴力行為ではなく、精神的な成長と団結を象徴する通過儀礼としての側面が強く、法的にも「同意傷害」として扱われることが多いです。会員が同意の上で行われ、医療の専門家が立ち会うことで安全性が確保されていることから、今もなお合法とされています。

ドイツでは、メンズーアの伝統が学生に「勇気」「誇り」「仲間との絆」を提供するとされています。特に学生時代に複数回経験することで、若者にとって自らの成長や精神的な強さの証明の場として意義を持ち続けているのです。この経験が、彼らにとっては将来の人生での挑戦にも通じるとされ、卒業後もこの経験を誇りに思う学生も少なくありません。

一方で、メンズーアが古風で危険な行為と見られることもありますが、参加者にとっては一種の自己鍛錬や、仲間としての連帯感を生む機会となっています。近年は学生間でも価値観が多様化しており、参加を強制されることはほとんどありませんが、やはり勇気ある者として仲間から敬意を得る象徴的な存在であり続けています。

こうした伝統が、現代のドイツでも続く背景には、ただ「戦う」だけでなく、「恐れを超え、自らを鍛え上げる」という精神が根付いているのです。現代社会においても、メンズーアは「挑戦」と「成長」の象徴であり、その意義はドイツ文化の深い部分に息づいています。

メンズーアは過去と現代を結ぶ伝統であり、ドイツの学生たちが体験する真剣勝負の場でもあります。この「名誉と勇気の象徴」が、時代を超えて受け継がれていること自体が、ドイツ社会の価値観を物語っています。

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